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​講義・講演の記録

ナザレ研修会夏期講演会(7月9日)「貧困と飢饉 ―〈開発〉の新理解に向けて」の報告

 ナザレ研修会夏期講演会(7月9日)

「貧困と飢饉 ―〈開発〉の新理解に向けて」の報告                                    遠藤 徹

松井範惇氏(帝京大学経済学部教授/小金井聖公会信徒)による、「貧困と飢饉――〈開発〉の新理解に向けて」と題する講演会が、7月9日(土)13時30分~15時30分に開催されました。これは本研修会が建てている三本の柱――①聖書研究、②他宗教・他教派との対話、③人々の必要に届く、の中の③の当たるものとして、今回初めて実現したものです。お話は先生ご自身がチラシの「概要」に記しておられたように、「貧困とは低所得と同じではない。飢饉の原因は、食糧不足、自然災害、人口の圧力のどれか、または、それらの組み合わせだと考えられている。しかし、飢饉の起きる真の理由は、それらのどれでもなく、社会の貧困を放ったらかしにしている人々の無知・無視、社会の為政者、権力者の政策の誤りなどを許してしまっている社会の仕組みにある」ということを詳しく論じられるものでした。 さすがに経済学者。「飢饉」とは何か、「飢餓」とは何かを厳格・厳密に定義された上で、過去の大飢饉、例えば、ソマリアの大飢饉(1992年)〔餓死者35万人〕、エチオピアの大飢饉(1984-85年)〔餓死者100万人〕、中国の大飢饉(1958-61年)〔餓死者4000万人〕、ウクライナ大飢饉(1932-34年)〔餓死者500-700万人〕、アイルランド(1845-47年)〔餓死者100万人〕といった悲惨な出来事は、様々な政治的事情(内戦・部族対立・東西冷戦の終焉・政権能力の喪失・国際社会の不機能・情報の歪み・中央政府の悪意・無理矢理の工業化や農業の集団化・配給システムの崩壊・国連の経済援助が行われたにもかかわらず、それが一部の為政者によって独占された国際援助の不機能など)によって人為的に「起こされた」(「起きた」のではなく)ものであることを説かれました。 重く胸にのしかかる貴重なお話でした。国連が中心になって進められている世界規模の経済援助活動の実態を知って、日頃から私たちが行っている民間レベルの援助活動との善い関係について考えていく余地がないか、問われました。今後とも学びを深めて行きたいと思わされています。

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ご講演の後、会員の黒田則子さん(市川聖マリヤ教会信徒)から松井先生へのご質問がメールで寄せられましたので、それを先生に転送したところ、直ちに先生からご回答を戴きました。  非常に貴重なご質問と貴重なご回答だと思えますので、お二人のご承諾のもとに、ここにそれを掲載致します。

黒田さんからのご質問

1.飢饉が起き、災害が発生すると、募金などが行われます。集まったお金や食料などはあまり役に立っていないと聞きますが、    1−1) お金を出さないほうが良いのでしょうか?    1−2) 飢えることのない世界を作るために、私たちに何ができるでしょうか?    1−3) 社会の仕組みを変えるためにはどうすればよいのでしょうか? 2. 日本の歴史上でも、凶作などで飢饉が起きていますが、    2−1)これもシステムのせいでしょうか?    2−2)農業技術が未熟だったせいでしょうか? 3.「貧困、飢饉の原因は社会の仕組みにある」ということですが、その解決策はあるのでしょうか?それとも、未だ研究半ばの段階でしょうか?    松井先生のご回答 1−1) 募金などでお金を出したほうが良いか、出さないほうが良いかは、一概に言えません。私にはわかりません。しかし、私の知っている限り、多くの場合、集められ、届けられるプロセスで多くのお金やモノが無駄だったり、直接使われなかったりしています。本当に必要な人のところに届いていないことが多いのです。いわば、ザルで集めて、穴の空いたバケツで運んでいるような状況が多いです。途中で漏れて抜けてしまう理由は、間接経費の多さ(半分以上になる場合もあると聞きます)や、途中での役人の(不正)使用、目的地への不到達、盗難と隠滅、不正転売、などです。  だから出さないというのか、あるいは、それでも出したいと考えるかは、人々が決めることです。1つできることは、できるだけ効率よく、無駄のないように配っている組織、団体を判別して、そこを指定して寄付や献金をすることはとても大事だと思います。そして、その団体からの報告をきちっと見て、監督し、おかしいなと思ったら声を上げることが重要です。政府を通じると無駄が多いと言われています。 1−2) 貧しい人々、困っている人々、社会的弱者を大事にする国、地域、指導者と、そうでない国、地域、指導者を見分ける力を普通の人々が身につけることが大事です。そのためには、「情報と知識」をもっと増やし、「知恵」を働かせることのできる社会にしていく必要があります。現在は、情報はとても偏っていますし、使われていないか、または、使われているとしたら、それは、一部の人々が自分たちに都合のいいように使う場合のみです。「知識」は人々が本気で動けば湧いてくる時代です。情報も知識も,今は溢れかえっている時代なので、それらの取捨選択の能力、判断のための知恵が極めて重要でしょう。  そこで、2つのことが考えられます。(1)マスメディアの役割:単なる報道ではなく、世界の真の姿を、その背景や理由までを取り上げた、しっかりとしたマスメディア、報道が望まれます。(2)NPO, NGOなど:世界で活躍する様々な非営利活動団体や組織を、しっかり応援する、育てていく。政府や民間の会社などではむしろ、活動に大きな限界があるので、こういった非営利組織、団体による活動を応援することが重要な時代になってきています。  これら両方で、私たち普通の市民が、社会を監視し、監督し、良い活動をするところには応援をするという、社会が出来上がっていくと、若者たちもそういった活動に従事しようという人たちが多くなり、やりやすくなることでしょう。 1−3) これは、下の3.で述べたいと思います。 2−1) 江戸時代には3大飢饉、あるいは4大飢饉が起きました。これらはすべて、政治の大改革の後に起きています。もちろん、飢饉のきっかけは、干ばつや長雨とか、浅間山の噴火、冷夏などでした。一揆や打ち壊し、農民の蜂起や直訴、大塩平八郎の乱もほとんどの場合、実は、様々なシステムの失敗、為政者による情報の無視、情報の欠如、輸送手段の崩壊、藩を超えた物資の輸送の禁止、などによって、大規模化されました。初期にきちっとした対応がされたならば、助けられたはずの人々が飢えて、病気になり、放置され、死んで行きました。助けられませんでした。救済のための仕組みがうまく働かなかったり、飢饉のピークがすぎてから救済所(義倉)が作られたりしました。  飢えて死んだのは社会の低層の人々や、食料生産者である農民で、役人、商人、富裕層の町人、上級武士などからは死人は出ていません。物価の変動がそれらの人々に不利に働いたのです。商人や金持ちたちはそこから儲けました。飢饉の村からは農民は逃げ出します(逃散といいます)。商人は飢饉の激しい地域に食料は持っていきません。儲からないからです。米商人も逃げ出し、倉庫に溜め込みます。それらをうまく使って救済に当てるための社会的システムが崩壊してしまうのです。  助けることができたはずの人々が存在する、救済の仕組みが働けば生きられたはずの人々があった、ということは仕組みが、社会のシステムが機能しなかった、あるいは、為政者が機能させなかった、ということではないでしょうか。これを、天災ではなく、人災と言います。 2−2)農業の生産性が低かったのは確かですが、徳川時代の後半では農業の技術革新やその他で、農業生産性は高まっていました。それでも、飢饉が起きていたということは、生産性の高さ低さそのものが飢饉の原因ではないということになります。 3.解決策は?社会の仕組みはどうやったら変えられるのか?  私には解決策はありません。未だ分かりません。飢饉がなぜ起きるのかも、その根本的な理論、理由は分かりません。  しかし、飢饉と飢え、貧困に関しては、これらは単発の「現象」ではなく、一連の過程(プロセス)であることを認識し、そこに人的、社会的失敗やシステムの崩壊が大きいことを理解することが極めて重要です。  社会のシステムを変えていくためには、解決策は持っていませんが、私の考えは、以下の3つが大事だと思っています。 (1)理解すること:社会の出来事の背景や理由、違った意見の存在など、情報をしっかりと取り入れて、多くの人びとが仕組みに関して理解することが第1です。 (2)自由:人々が自ら考え、意見の違いを乗り越えて、自由に、制約なく、誰でも意見を言い合い、確かめ合えることができる「自由」が重要です。 (3)意識変革:私たちのような普通の市民が、人の行動は制度に縛られるので、もっと柔軟に、いつでも必要に応じて、制度は変えていいのだ、変えられるのだ、利害関係を乗り越えるのだ、という意識の変革が大事です。  私は、我々普通の市民が、受け身の生活ではなく、マスメディア、政府、役所、学校、勤め先、企業などに対して、それぞれの立場でしっかりとした考えを示し、柔軟に議論しあう社会が望ましいと考えています。その時に、有力者だから、年上だから、男だから、金持ちだから、などを理由にして、他の人々を規制することなしに、個人個人が自由に、平等に話し合い、議論を煮詰めていけるような社会の仕組みができるといいなと思います。                                                          以上

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