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​講義・講演の記録

第21回講義    安息日について

第21回講義            安息日について           ナザレ研修会第21回ナザレ修女会  小林進 2016年10月1日  「安息日」(シャバット)という言葉を聞くと、われわれは何をイメージするであろうか。例えば、福音書におけるイエスの振舞いは、ユダヤ教の観点から見るならば、安息日破り(違反)と映ったことは間違いないであろう(マタイ12章1節以下、9節以下、マルコ2章23節以下、3章1節以下、ルカ6章1節以下、6章6節以下、13章10節以下、ヨハネ5章1節以下、7章22節以下)。ユダヤ教の安息日は金曜日の日没から土曜日の日没までの時間で、筆者のイギリス生活の経験では、ユダヤ教徒は会堂(シナゴーグ)に行って礼拝をする日である。他方、キリスト教徒は安息日をキリストが甦った「主の日」、すなわち一週の初めの日と考え、教会に行って礼拝をすることを安息日の順守と考える傾向が強い。     旧約聖書における「安息日」の原因譚(どうして、これこれになったかの原因を語る)とその神学的説明にに関心を向けると、それらが決して一枚岩でないことに気づく。まず注意を引くのが、「天地創造系」(出エ20章8-11節、創1章1節-2章3節)と「出エジプト系」(申5章12節―15節)の二つの異なる伝承の流れがあり、それらはとりわけ「十戒」の記述の中で顕著な相違を示す。天地創造系は創世記冒頭の記事でよく知られている。出エジプト系の申命記は、「すべての者、とりわけかつて奴隷であったイスラエルを想起して、奴隷や家畜を含めて仕事を休む」ことをうたう。興味深いのは、出エジプト記が語る十戒は出エジプト系ではなく、むしろ天地創造の系譜に属するという奇妙な?事実である。この二つのうちの後者に近い安息日原因譚として、「荒野放浪系」(エゼ20章10-26節、[22章26節]、[44章24節])とも呼ぶべき第三ものがある。これを代表するエゼキエル書によれば、「安息日が、イスラエルを聖別する神との間のしるし」であることを強調する点にある。これら三つの「安息日」に共通しているのは「聖別」という観念であるが、「天地創造系」と「出エジプト系」が、「聖別せよ」とイスラエルに命じているのに、「荒野放浪系」は「わたしが彼らを(イスラエル)聖別する主であることを、彼らが知るためである」として、神のィニシャティブを優先しているところにある(出エ31章13節も)。これは、捕囚を経験したユダヤ人による、安息日の「再神学化」であるかもしれない。また、マナとの関連で安息日に言及する出エジプト記の記述と、マナについて言及する申命記が安息日について沈黙しているという事実も興味深い。安息日に関するこれらの系譜を念頭に置きながら、他の旧約聖書各巻との関係をも考えてみたい。                               なお、暦に関する問題を扱うとき、旧約聖書の中には「カナン暦」で数える記述と「バビロン歴」で数える記述の二種類があり、これが問題をかなり複雑にしていることを覚えておきたい。後者がバビロン捕囚の影響であることはほぼ間違いない。  シャバトの語源  われわれが「安息日」と呼んでいるヘブライ語のシャバト(シャバート)の語源については、まず名詞としての「シャバート」がその対象になるが、同時に動詞としての「シャーバト」もその対象に入ってくる。動詞は「休む」「終わらせる」「終わりになる」などの意味を持つ。学者の間では、名詞の「安息日」が先にあり、後になって動詞が意味を獲得したのか、あるいは動詞が先にあって、後から名詞が由来したのか、なお議論されてはいるが、通常ヘブライ語は動詞を語根とするところから、名詞は動詞に由来するという考えが一般的である。  安息日の起源についての手がかり  安息日の起源について、何を手掛かりにするかという問題は必ずしも容易ではない。しかし一つの手がかりとして関心を引くのは、安息日の謹厳な性格というものを当然としているわれわれの先入観とは裏腹に、少なくとも紀元前八世紀の預言者の証言によれば、ヤハウェ宗教との関連で「安息日」という表現をもって何らかの慣行、或いはしきたりがすでに執り行われており、特にイザヤとホセアによれば、安息日は新月祭と共に「祝祭」の性格が強い慣行であったという点である。他方、アモスの証言によれば、安息日には商行為が抑制されていたことになる。  イザ1章13節―14節a  むなしい献げ物を再び持って来るな。香の煙はわたしの忌み嫌うもの。新月祭(単)と安息日(単)、集会(単「集会の招集」)など、不正が伴う集いにわたしは耐ええない。お前たちの新月祭(複)や、定めた祭り(複)を、わたしは憎んでやまない。  ホセ2章13節  わたしは彼女のすべての楽しみ、(すなわち)、祭り(単)、新月祭(単)、安息日(単)、そしてすべて定めた祭りをやめさせる。  アモス書8章5節  この新月祭(単)はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ、この安息日はいつ終わるのか、麦を売りつくしたいものだ。  アモス書における新月祭と安息日への言及は、これらの日には商業に従事する人が商行為を行わなかったことを語るが、祝祭の性格が濃いイザヤとホセアにおける新月祭と安息日への言及とどのような整合性があったかは必ずしも明らかではない。だが、彼らから約一世紀を下るエレミヤは、ヨシヤ王の宗教改革(前621年、列王記下22章、歴代誌34―35章)とエルサレム陥落(前587年、列王記下25章、歴代誌下36章(5-10節)11節以下、エレミヤ書39章)を経験したが、彼の安息日への言及は、イザヤやホセアに見られた祝祭としての性格から変わって、われわれの知る謹厳な性格を持った安息日へと転換する。  エレ17章(19-20)21?27節  主はこう言われる。あなたたちは謹んで、安息日に荷を運ばないようにしなさい。エルサレムのどの門からも持ち込んではならない。また安息日に、荷をあなたの家から持ち出してはならない。どのような仕事もしてはならない。安息日を聖別しなさい。それをわたしはあなたたちの先祖に命じたが、彼らは聞き従わず、耳を貸そうともしなかった。彼らはうなじを固くして、聞き従わず、諭しを受け入れようとしなかった。主は言われる。もし、あなたたちがわたしに聞き従い、安息日にこの都の門から荷を持ち込まず、安息日を聖別し、その日には何の仕事もしないならば、ダビデの王座に座る王たち、高官たち…この都にはとこしえに人が住むであろう。・・・。もし、あなたたちがわたしに聞き従わず、安息日を聖別せず、安息日に荷を運んで、エルサレムの門に入るならば、、わたしはエルサレムの門に火を放つ。その火はエルサレムの城郭を焼き尽くし、消えることはないであろう。  太字で示した最初の部分は、旧約の中ではエレミヤ書とアモス書に共通した表現であり、小林のこれまでの学びによれば、編集者の筆によるものであることを強く示唆している。またイタリックの部分はイザヤ書最後の66章24節(「その火は消えることはない」)と共通しており、これも編集者の筆と思われる。おそらく、このエレミヤの箇所は、エレミヤの時代の作品ではなく、エレミヤ以後の時代の作品(証言)と考えるのがよいと思われる。  エレミヤが経験したエルサレム陥落とバビロン捕囚(前587年)より10年前に(前597年)、いわゆる第一次バビロン捕囚によってバビロンに連れて行かれたエレミヤの同時代人エゼキエル(書)では、20章10-26節の中で安息日が6回言及される。その際、安息日の規定が与えられたのは「荒野」であるとする。、後に、ネヘミヤ記が、安息日はシナイ山=ホレブで与えられたとする説明とも微妙な相違を示す。なお、10節で出エジプトに言及することから、エゼキエル書のこの言明は出エジプト系の中に組み入れることは可能であるが、その起源をめぐって出エジプトに言及する時、一度としてモーセの名前に触れていないことも注目に値する。エゼキエルがエルサレムの祭司であったことはその書の表題から明らかであるが、エゼキエルが一度もモーセに言及しないということは、エルサレムの祭司とエルサレムの祭儀の伝統は、北の祭司(レビ人)と祭儀の伝統と異なったものであったことを推測しないわけには行かない。エゼキエル(書)の特徴は、「安息日を汚す」という主張と、安息日によって「主」(ヤハウェ)がイスラエルの神であることを認識させることにある。これによって、われわれは、エゼキエルによってはじめて安息日とヤハウェの結び付きが「表現」という形を取ったと見るべきなのであろうか。  エゼ20章10-24節  わたしは、彼らをエジプトの力つれだし、荒れ野に導いた。・・・。また、わたしは彼らにわたしの安息日を与えた。これは、わたしと彼らとの間のしるしとなり、わたしが彼らを聖別する主であることを、彼らが知るためであった。しかし、イスラエルの家は荒れ野で私に背き、…更に、わたしの安息日を甚だしく汚した。・・・。それは、彼らがわたしの裁きを退け、わたしの掟に歩まず、わたしの安息日を汚したからだ。・・・。「わたしの裁きを守り行い、わたしの安息日を聖別して、わたしとお前たちとの間のしるしとし、わたしがお前たちの神、主であることを知れ」と。しかし、子どもたちもわたしに背き・・・わたしの安息日を汚した。・・・。なぜなら、彼らがわたしの裁きを行わず、わたしの掟を退け、わたしの安息日を汚し・・・。  その他、預言者以外の「シャバト」への言及として、モーセ五書中「祭司資料」とよばれるテキストにおいては「シャバート シャバートーン」という表現が見られ、われわれが現在理解している一年を通した七日ごとの安息日という意味とは別に、シャバトの用法と意味が多様であったことが窺い知れる。  和解の日 「シャバート シャバートーン」(レビ記16章31節、23章32節)、  安息の年 「シャバート シャバートーン」(レビ記25章4節)、  安息日  「シャバート シャバートーン」(レビ記23章3節、31節)、  仮庵の祭り「シャバートン」「初日のシャバートーン・八日目のシャバートーン」(レビ記23章39節)  この「シャバート シャバートーン」という表現の中で、シャバートは「シャバートーンの中のシャバート」として最高級(比較級ではなく)の機能を負った意味を担う。それは「安息の日」という、いわば固定的な意味としてではなく、むしろ「安息」という意味を担いながら、その意味を強化し高揚する役割を担う文芸的な表現となっている。上の八世紀預言者の事例から明らかなように、シャバートは本来イスラエル的な「祝祭」の一環というのが我々が確かめ得る元の性格であるが、「シャバート シャバトーン」という表現によって、安息日としてのシャバートとともに「無条件の休みの日」「祝いの日」「祝いの時」という意味を担った持った。  この他、旧約聖書学の現状ではその起源が確定されているわけではないが、過ぎ越しの祭りとの関連で、いわゆるイスラエルがカナンに定住するようになって、過ぎ越しの祭りから独立したのが除酵祭(マゾース)で、安息日との間に関連があるのではないかと考えられるようになってきている。その理由として、種なしパンによる六日間の食事と、七日目の休息への言及が安息日の七日目の休息と深いつながりがあると考えられるからである。(出エジプト記34章18.21節、申命記16章1-7節)。除酵祭とは、過ぎ越しの祭りの際の種なしパンを食するの習慣である。そのいわれは、イスラエルがエジプトを出立し、荒野を放浪した出来事において食したパンを記念するものであり、約束が成就して、地の収穫を食する際にそのことを思い起こすための「しるし」となった、というのが聖書の言うところである。  とはいえ、過ぎ越しの祭りの起源に関しても旧約聖書学の世界で合意があるわけではなく、筆者は京都大学の人類学者谷泰の『聖書世界の構成原理―性、ヴィクテム、受難伝承』(岩波書店 1984年)で展開された仮説、「小家畜飼育者の春の羊出産に伴うオスの当歳の子羊の間引き」に由来するという考えが最も説得力を持っていると考えている。  除酵祭の起源をはっきりと確定出来ない以上、確かなことは何も言えないのだが、研究の方向性としては、種を入れないパンを食べなければならない事情とは何かを推測することである。一つは農業事情に、もう一つは小家畜飼育事情にその原因を求めることであろう。もしかすると、過ぎ越しの祭りから分離、独立したのではなく、むしろ逆に、過ぎ越しの祭り(小家畜飼育)が農業の脈絡である種なしパンの脈絡に組み込まれていったのかも知れない。  もし、この安息日と除酵際、そして過ぎ越しの祭りが一定程度繋がりを持っており、その背景として、ある学者達が考えるように、バアル祭儀への対決(豊穣の首神としてのバアル)があると想定するなら、それは必然的に安息日と出エジプトの結びつきは後代のものであり(歴史化)、むしろ本来は安息日とカナン宗教との深い結びつきを想定しなければならないかも知れない。  創世記1章1節―2章3節における天地創造記事の安息日 その圧倒的な影響力  創世紀が旧約聖書の最初に置かれているということは、読む者に対してこの創世記という一巻が圧倒的な影響力を行使することになる。そして、安息日(シャバット)の起源に関する原因譚(故事)としては、創世記1章1節から2章4節前半の天地創造の記事の完成としての安息日制定が圧倒的な影響力を持つと思われる。その理由はいくつか考えられるが、何よりも旧約聖書を開いた「最初の記事」が「天地創造」であり、それによってこの記事が読者の意識的、或いは無意識的な旧約聖書の理解に決定的な作用を及ぼすからである。言い換えるならば、旧約聖書を読むにはまず創世記から始まり、かつ始めねばならない、という暗黙の前提が、旧約聖書を読む者にひとつの強力な基軸(機軸)を据えるからである。創世記1章31節―2章四節前半の記事によれば、安息日は次のように語られる。  1:31神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。  2:1 天地万物は完成された。  2 第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。  3 この日に、神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。  4 これが天地創造の由来である。  神は六日間働かれ、七日目に休んだ、というわれわれのステレオタイプな安息日理解に対して、2章2―3節の言う「第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に、神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された」という言葉に注意すべきである。これによれば、神の創造の働きは決して六日目で終わっておらず、次の七日目にまで及び、その七日目の創造の完成をもって、安息に入るのである。即ち、安息日を制定することの原因と意義は、まず第一義的に七日間を通して天地の創造を完成させた神の休息を記念することにある。安息日の遵守と礼拝行為は、人間(アダム)とすべての被造物が神との間に切っても切り離すことの出来ない関係が存在することを語っているのである。  このアダム(人間)と被造物との関係での安息日制定は、イスラエルを含めた、しかしさし当たってはイスラエルがアダムの筆頭の位置を引き受けさせられるという趣旨で、神とイスラエルと諸国民の関係の中で、最早イスラエルにのみに拘引されることのない、神の世界化がうたわれていると見ることができる。この世界化の契機はしかし、ユダヤ教をして世界化させたかのか、あるいは皮肉にも逆に特殊ユダヤ化させる契機になってしまったのか、はかり知れない歴史の力と流れの中で、未解決ではあるが、なお問題を抱擁したまま、今日に至っている。  十戒における安息日  出エジプト記20章8-11節 天地創造系  8 安息日を心に留め、これを聖別せよ。  9 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、  10 七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。  11 六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。  申命記5章12-15節   出エジプト系  12 安息日を守って、これを聖別せよ。あなたの神、主が命じられたとおりに。  13 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、  14 七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。  15 あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るように命じられたのである。  上の比較で何よりもまず注目すべきは、申命記が安息日を出エジプトの脈絡で規定するのに対し、驚くべきことに、当の出エジプト記が安息日を出エジプトの枠の中で規定せず、むしろ創世記の天地創造の脈絡で規定しているという事実である。このことは文学史として考える場合に、何を意味するか。すなわち、ひとつには出エジプト記が創世記に依存するか、あるいは連繋するかであり、申命記が出エジプト記の安息日規定を継承していないという事実でもある。  また。安息日をマナと結びつける言及が出エジプト記16章23-31節に見える。しかし、同じマナについて言及する申命記8章2節以下には安息日との関連を窺わせるものは何もない。  整理  天地創造の脈絡  創世記1章1節―2章3節、出エジプト記20章1―17(11)節(十戒)、出エジプト記31章12―17(17)節、イザヤ書66章23節(「新月、安息日」、新しい天地創造の脈絡の中で)  出エジプトの脈絡  レビ記23章39-43節(出エジプトの仮庵の祭の脈絡。「第七の月」とは現在の9月から10月にかかる期間。15日から21日までを祭りの期間とし、15日と21日を安息日とする)、申命記5章12-15(15)節(十戒)、ネヘミヤ記9章14節(この個所における安息日制定はシナイ山の脈絡の中に置かれる)、ネヘミヤ記10章32節(「わたしたちは、この地の民が安息日に商品をはじめ、いかなる種類の穀物を持って来て売ろうとしても、安息日と他の聖なる日には買わない」。アモス書8章5節との関連)、ネヘミヤ記10章34節(「それは、・・・、安息日、新月祭、祝祭日のため、奉納物のため・・・」)、ネヘミヤ記13章15-22節(「またそのころ、ユダで、人々が安息日に酒ぶねで葡萄を踏み、穀物の束をろばに負わせて運んでいるのを、わたしは見た。また、ぶどう酒、ぶどうの実、いちおじく、その他あらゆる種類の荷物も同じようにして、安息日にエルサレムに運び入れていた。そこで、・・・、わたしは彼らを戒めた。ティルス人もそこに住み着き、魚をはじめあらゆる種類の商品を持ち込み、安息日に、しかもエルサレムで、湯さの人々に売っていた。・・・」。ネヘミヤによる安息日遵守の改革がなされたことを語るが、当時エルサレムではこれが守られていなかったことを示す。ネヘミヤによる改革がその後の安息日遵守に功を奏した事が窺われる)、エレミヤ書17章19-27節(「あなたたちの先祖に命じたが」は出エジプトか)  脈絡が必ずしも明瞭でない言及もままある  出エジプト記23章12節、出エジプト記34章21節(この祭儀的十戒と呼ばれるものの中では理由が見られない。但し出エジプトの脈絡の中に取り込まれている)、出エジプト記35章2-3節(「最も厳かな安息日である」。「死刑に処せられる」という厳しい要請)、レビ記19章30節、レビ記23章3節、レビ記23章24節(週の安息日ではない)、レビ記23章11節、民数記15章32節、民数記28章9-10節、歴代誌上23章31節、歴代誌下2章3節、歴代誌下31章3節、イザヤ書1章13節(安息日は、「新月祭、安息日、祝祭」の中でうたわれる)、イザヤ書56章6節、イザヤ書58章13節(2回)、イザヤ書66章23節(「新月、安息日」 新しい天地創造の脈絡の中で)、哀歌2章6節、エゼキエル書22章8節、26節、23章38節、44章24節(新しい神殿で)、45章17節(新しい神殿)、46章1節、4節(新しい神殿で)。ホセア書2章13節(安息日は「祭り、新月祭、安息日」)アモス書8章5節(「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ、安息日はいつ終わるのか、麦を売りつくしたいものだ」)  その他  レビ記16章31節 祭司職にある者のつとめ 週の安息日ではない。  旧約全体としての気付き * 出エジプト記は安息日の理由が明らかな場合は「天地創造」の脈絡で安息日を規定する。出エジプト記それ自体には安息日を制定する理由、動機が一度も表現されていないことからして、そのことは出エジプト記が創世記を前提とするか、あるいは控えめに言って、脈絡を同じくするということになるか。 * 申命記は出エジプトの脈絡で十戒の中で安息日を制定するが、出エジプト記それ自体には安息日を制定する理由、動機が一度も表現されていないことからして、その由来、動機、理由をどのように求めればよいのであろうか。はっきりしていることは、出エジプト記それ自体が、その語りの中で安息日を制定するいかなる理由にも言及がないとい点である。 * ネヘミヤ記9章13-14節はシナイ山における律法授与の脈絡の中に安息日制定を置く。これは、出エジプト記自身の証言としては安息日制定の典拠となる証言が存在しないのに、申命記の安息日規定が出エジプトと結びつけていることに、ひとつのヒントを与えるかも知れない。申命記の安息日制定尾はヨルダン川以東のアモリ人の領土で、ホレブ(=シナイ)での出来事を回想して語る脈絡の中に置かれる。従って、ネヘミヤ記と申命記は安息日の置かれた文学的なコンテキストを同じくする。但し、ネヘミヤ記10章32節、34節、13章15-22節は脈絡を特定しないが、ホレブの脈絡を前提としていると考えて良い。 * 詩篇においては天地創造と出エジプトのそれぞれのモチーフを採りいれてかなりの詩が作られているが、両者においては口を揃えたように一度として安息日への言及がない。特に注目すべきは、律法の賛歌と言われる詩編119編にさえ安息日の言及が一度も現れてこない。これは何を示唆しているか。   * 更に、箴言のような教育的な一巻が安息日に全く言及しないというのも驚くべき事実である。同様のことは、コヘレトにも当てはまる。 * イザヤ書では第一イザヤに一度見えるが、第三イザヤに集中している。すなわち、捕囚後の時代。イザヤ書56章6節、イザヤ書58章13節(2回)、イザヤ書66章23節(「新月、安息日」 新しい天地創造の脈絡の中で) * エゼキエル書は安息日の背景として出エジプトを認識するが、荒野で与えられたことにウエイトを置く。20章10-26節。 ユダヤ暦(イスラエル暦)について                  イスラエルの暦(聖書の意味)

ユダヤ暦

太陽暦

日付

イスラエルの祭り、その他

農作物

ニサン(アビブ)第1の月

3月-4月頃

10日(日曜)~14日

しゅろの祭り(パーム・サンデー)

大麦の刈入れ

15日(金曜)

子羊をほふる日(グッド・フライデー) ペサハ

16日~23日(土曜)

過越しの祭り ペサハ

17日(日曜)

復活祭(イースター)

イッヤル(ジフ)第2の月

4月-5月頃

一般の収穫

シワン      第3の月

5月-6月頃

5旬節の祭り(ペンテコステ)

(7週の祭 / 刈入れの祭)

シャブオット

ぶどうの刈り込み

タンムズ    第4の月

6月-7月頃

アブ      第5の月

7月-8月頃

夏の果実

エルル     第6の月

8月-9月頃

オリーブの収穫

チスリ(エロタム)        第7の月

9月-10月頃

1日

新年の祭り(ラッパの日)

ロシュ・ハシャナ

耕作

10日

贖いの日 ヨム・キプール

15日~21日

仮庵の祭り(収穫祭)スコット

マルヘシュワン(ブル)     第8の月

10月-11月頃

先、秋の雨

キスレウ      第9の月

11月-12月頃

25日~8日間

宮きよめの祭り

ハヌカ

テベテ        第10の月

12月-1月頃

雨季

シェバテ      第11の月

1月-2月頃

アダル        第12の月

2月-3月頃

13日~15日

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