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​講義・講演の記録

第16回  二つのユダヤ思想 ーコヘレトとヨブ その2ー

  • 小林 進
  • 2015年10月2日
  • 読了時間: 16分

ナザレ研修会 第16回 2015年10月3日 

二つのユダヤ思想 ーコヘレトとヨブ その2ー   

ナザレ修女会於 小林進 コヘレトの文学的な構造の更なる理解  先回は、コヘレト一巻の文学的な構造を、ラテン語による伝統的な表記、すなわちカーピ・ディエムcarpe diem(「今日を楽しめ」の意。七つの個所;2章24節a-26節、3章12節、3章22節a、5章17節、8章15節a、9章7節a.8節.9節、11章9節a.10節[12章1節a])と、メメント・モリmemento mori(「死を覚えよ」の意。12章1-8節)という二つの特長的な文学的まとまりに絞って理解することを試みた。もとよりコヘレトは他に比べて分量が比較的コンパクトであるとはいえ、その全体構造を理解することは必ずしも容易ではなく、この二つの特長的な物言いに焦点を絞ることによって、それ以外の部分を含む全体構造を把握したということにはならないが、この構造をそれとして意識しておくことは、コヘレトという難解な一巻に関して自分なりの見当をつけておくことに資するであろう。  この二つの文学的な特徴に直截関係するようには見えないが、たとえば1章12節の「わたしコヘレトはイスラエルの王としてエルサレムにいた」から始まって2章11節(或いは26節)にわたる文学的なまとまり(=文学単元)は、学問的には「ロイヤル・フィクション」(王的捏造royal fiction)と呼ばれ、、この一巻の冒頭1章1節の「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉」と関連して、ソロモン王との結び付きを示唆し、コヘレトの著者があたかもソロモン王であるかのような印象を読者に与える。しかし、著者は王ではなく、8章2-4節、10章16-17節、10章20節が示すように、むしろ臣下であり、可能性としては「書記」(ソフェリーム)という職業身分に属しながら、教師としても働き、その経験から得た洞察を書き残したのがコヘレト一巻の基層部分であろう。また、「時」について語る3章1-11節、8章5節b-8節、9節、9章11-12節や、その外コヘレトの人間観察から導き出した様々な人間状況を語る4章1節-5章8節、6章1節-8章9節,8章16-17節、9章11節-11章8節、12章8節-14節などが、先の二つの特長的なまとまりからはある種の距離を持ったものとしてあげられる。とりわけ、9章17節から10章20節までの部分は、われわれがそれと印象を持っているコヘレトの物言いとはやや趣きが異なり、むしろ正統的な知恵の伝統に属しているかのような印象を受ける。コヘレトの一時期、それも若い時の思想傾向を保持した部分かもしれない。  なお、ヨブ記の文学的な構造については既に述べたように、物語形式を採っているため、比較的分かり易い。 コヘレトに特徴的な表現、ないしはキャッチ・フレイズ 空 時   著者コヘレトは好んで用いる語彙、キャッチ・フレイズ、あるいは格言や詩文などの文体を駆使して、自分特有の思想を表現しようとした(編集者による12章9-10節参照)。彼のこの思想表現は、自分の経験や観察に基づくもので、「わたしは~」という一人称単数の文体に見られるように(例えば1章12節、13節、14節、16節)、極めて個人的な性格が強い。この背景には、伝統的な(知恵の)教えがコヘレトの経験や観察に照らして必ずしも十全に機能していないことの発見であり、説得力を持たず、それに頼らずに、個人として自分の物の見方、自分の人生観を持つよう努めなければならない時代状況があったことを示唆している。特に、箴言に見られるような伝統的ともいえる教えと、他方でコヘレトの個人的な思想との間には乖離があり、同じ知恵の伝統乃至は系譜に属していながら、コヘレトの側には知恵の伝統に対するある種の中断、逸脱、破綻があったと言える。この点はヨブ記一巻の全体的な主張にも該当するが、例えば、ナアマ人ツォファルに対して「どうか黙ってくれ、黙ることがあなたたちの智恵を示す」(13章5節)や、「あなたたちの主張は灰の格言 מִשְׁלֵי-אֵפֶר 」(13章12節)などのヨブの表現にその一端が垣間見られる。しかし取り分け28章の神の智恵の讃美という表題がついた部分では、まず人間の智恵に言及しながら、しかし、智恵は神にのみに属することが強調される。「では、知恵はどこに見出されるのか。分別はどこにあるのか。人間はそれが備えられた場所をしらない。それは命あるものの地には見出されない。・・・その道を知っているのは神。神こそその場所を知っておられる」(28章12-13節、23節)。ここにはコヘレト同様、イスラエルの智恵の伝統に対するヨブのある種の乖離を読み取ることが出来る。従って、コヘレトとヨブは共に従来の伝統的な考え方に疑義を呈しながら、それぞれの個性をもって神学的な主張をしているという点である。その主張とは何か(後述)。興味深いのは、このヨブ記28章の末尾28節は「主を畏れ敬うこと、それが知恵」という言葉で結び、、コヘレト終章12章13節の「神を畏れ、その戒めを守れ」*と同様、両者共通した一つの結論を持っていることを示す。  *コヘレト3章14節「神は人間が神を畏れ敬うよう定められた」  *コヘレト7章18節b「神を畏れ敬えば、どちらをも成しとげることができる」  空  さて、コヘレトの個人的な思想を理解しようとする際に、わたし達の前に大きくはだかるのは、何と言っても、原文で36回繰り返される「空しさ、空しい」([単] ハベル הֲבֵל 、[複] ハバリーム הֲבָלִים )という言葉であり、しかも冒頭の1章2節と終章の12章8節でこの語(表現)が繰り返され、それによりコヘレト一巻を包み込む(inclusive)という構造的な特性をも浮かび上がらせる。  コヘレトにおける「空」の用法を見ると、以下のような整理が可能となるが、「空」の用語が用いられていない文学単元(纏まった物言い)であっても、「空」が含意されていると理解してよい。ここでは、「空」が用いられている文学単元のみに絞って提示する。  「人事・自然の反復の空しさ」(1章3-7節)表題1章2節(5回)の影響下  「歴史の反復の空しさ」(1章8-11節)表題1章2節(5回)の影響下  「研究・探究の空しさ」(1章12-18節、1回)  「快楽と豪奢な生活の空しさ」(2章1-11節、2回))  「賢者と愚者の間に差がない空しさ」(2章12-17節、2回)保留付き(13-14節a)  「知恵・知識・労苦の伝承の空しさ」(2章18-26節、4回)カーピ・ディエム(24節)  「人間と動物の生死の差がない空しさ」(3章18-22節、1回)カーピ・ディエム(22節)  「競争心と努力の空しさ」(4章4-6節、1回)  「富をひたすら追求する独身男の空しさ」(4章7-8節、2回)  「優れた少年の立志・立身と民による少年忘却の空しさ」(4章13-16節、1回)  「飽くことのない富追求の空しさ、自分の分をわきまえること」(5章9-19節、1回)カーピ・ディエム(17節)  「富を蓄えた人がそれを享受できない空しさ」(6章1-2節、1回)  「流産の子の運命的な好ましさと、しかし空しさ」(6章3-6節、1回)  「労苦する事・賢者の道・人生の賢い歩み方、そして欲望の空しさ」(7章7-9節、1回)  「多弁の空しさ」(6章11節、1回)  「人生の短さの空しさ」(6章12節、1回)*  「賢者と愚者、愚者の笑いの空しさ」(7章1-6節、1回)3章1-8節との照合の意義  「善人と悪人の不合理な運命、過度の善と悪の空しさ」(7章15-17節、1回)  「悪人の所業の不公平さと正しい人の忘却」(8章10節、1回)  「善人と悪人の報いの逆転の空しさ」(8章11-15節、2回)カーピ・ディエム(15節)  「共有と勤勉の進めと長寿、しかし不可知論的な空しさ」(11章1-8節、1回)  「青春を謳歌するよう若者に諭す中での空しさ」(11章9-16節[+12章1節a]、1回)カーピ・ディエム(9節ab)  「青春、老い、死の結論と、全巻の結論としての空しさ」(12章8節、2回)メメント・モリ  *セネカ『人生の短さについて』岩波文庫。セネカは言う「われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。われわれは人生に不足しているのではなく濫費(らんぴ)しているのである。たとえば莫大な王者のごとき財産でも、悪い持ち主の所有に帰した時には、瞬く間に雲散してしまうが、たとえ並みの財産でも善い管理者に委ねられれば、使い方によって増加する。それと同じように、われわれの一生も上手に按配(あんばい)するものには、著しく広がるものである」。人生の短さについて、セネカは人間による浪費、濫費をその原因と見るが、コヘレトはそれを人間一般の既知の事実として受け取っており、両者の主張の間には微妙な対比(コントラスト)がある。セネカの財産管理に関する比喩に関しては、コヘレト5章12-13節がうまく対応する。  上に挙げた「空しさ」への言及の中で、カーピ・ディエムを取り込んでいないのは、「時と永遠を思う心を人間に授け、しかも時を見極めることの出来ない人間」に言及した3章9-15節だけである。ここでは「空しい」という用語は使われていないが、「空しさ」が含意されていると見て差支えない。すなわち七回言及されるカーピ・ディエムは、コヘレトが経験、観察した事象から得た「空しさ」の実感との対として語られていることが分かる。他方、ヨブにおいては、神に向かって自分の困窮を述べるくだりで「わたしの一生は空しいのです」(7章16節)、「なぜ、空しく労することがあろうか」(9章29節)といった「空しさ」の表現は僅かに見られる。なるほど、ヨブに於いては、諦念(弱気)のヨブと闘争的なヨブが交互に現れては来るが、読者にとっては後者の闘争的なヨブという印象が極めて強く、コヘレトと比較すると、ヨブの「「空しさ」は後退する。コヘレト一巻は「空しい」という用語の頻繁さで読者に圧倒的な印象を与えているのであり、カーピ・ディエムはコヘレトの人生の「空しさ」に一点の小さな希望の灯りをともすか、或は「空しさ」に対する緩和機能の役割を果たしていることになる。コヘレトが刹那主義を実際に経験したか、はたまた想像しただけのことなのかは定かでないが(2章1-10節)、コヘレト一巻全体から彼を刹那主義者と見ることはできない。彼には、経験と観察による人生の闘いの後が見て取れる。  時  「時」という観念が人間にとって普遍的な重要性を持つことは言うまでもない。コヘレトにとっても事情は同じであったろう。出来事、歴史、経験等々は、時と切り離すことが出来ず、「空間」とも密接な関係を持つ。古代から人間は「時」という観念を当然のこととして暮らしてきた。しかし、計量的、数量的な時の観念を当然としても、ひとたび「時とは何か」と考えてみると、計量的、数量的なものとしての時だけでなく、「意味」としての時というものが立ち現れて来る。しかもこの意味はある種の曖昧さを含んでおり、人間は時を自分のものとしながら、しかし、時を自分のものと出来ない経験を同時に併せ持つ。   3章1-11節 人間の宿命としての「時」 見極められない「時」   コヘレトの経験や観察によれば、人間に与えられた時は、一つ一つが、従ってすべてが宿命としての時であり、人間はその宿命の中に置かれながら生きてゆくよう定められていると見る。「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」(1節)。その手始めに、人間の根本的な宿命である「生と死」、厳密には「誕生と死去」(2節a)を挙げ、次いで以下のような一連の出来事を挙げる。「植樹と抜去」(2節b、農業)、「殺害と治癒」(3節a)、「破壊と建造」(3節b、建築)、「泣哭(りゅうこく)と笑咲(しょうそう)」(4節a、生活)、「悲嘆と踊舞(しょうぶ)」(4節b、生活)、「投石と石集め」(5節a、死刑)、「抱擁と遠・抱擁」(5節b、性愛)、「求索(きゅうさく)と喪失」(6節a、恋愛)、「保有と放出」(6節b、奴隷)、「裂破(れつは)と縫合(ほうごう)」(7節a、裁縫)、「沈黙と開口」(7節b、争論)、「愛心(あいしん)と憎心(ぞうしん)」(8節a、恋愛・友愛)、「戦時と平和」(8節b)。ここでわれわれが注意しておくべきことは、人間の宿命をコヘレトは「対」で表現しているところにある。すなわち「対」によって、一方の極から反対の極までの両極端の間に揺れる人間の振幅を示すことによって、人間一般の様々な経験を相対化しているのである。  更に、コレトによれば、「時」は神よって時宜に適うよう造られたものであり(11節a)、その中で人間は様々な出来事を経験しながら、「永遠」を思う心を与えられているのだが(11節b)、人間はその神の永遠の業(意義)を見極めることはできない(11節c)と言う。果たして、人間は、すべての「時」を、時宜に適ったものとして受け入れることが出来るかどうかという疑問が頭をもたげて来るが、コヘレトにとってはこれが「時」に関する結論である。それは一連の出来事が肯定的なものと否定的なものの「対立項」で語られており、通常人間が肯定的なもののみを「時」として評価する事とは乖離があることを記憶しておく必要がある。   3章14節 神を恐れる定め  「神の業は永遠に不変であり、加えることも除くことも許されない」(14節a)とは、時宜に適うように「時」を造ったという11節と意味を同じくし、コヘレトによれば人間が恣意的には介入できないように定められた人間の宿命を語っている。他方、ヨブ記に於ける神の創造論の中では、被造物たる動物には生きる自由が認められており(38章39節-39章30節、40章15節-41章26節)、人間ヨブに関してはそれがサタンによるものなのか(1-2章)、神によるものなのか(例えば6章4節、7章17-21節)必ずしも明瞭ではないが、ヨブを襲った一時の義人の苦難の出来事が語られ、コヘレトのように相対化された強い宿命論的な人間観は前面には出て来ない。ヨブの苦難は一回限りのものであり、その一回性は相対化される性格のものではないのである。コヘレトが自分の個人的な経験や観察から相対化された人間一般を対象としているのに対し、ヨブ記では一般化することの出来ない特殊な人間としての義人ヨブを対象としている!この両者間の文学的な性質(質(たち))の相違は記憶しておいてよい。  14節cで「人間は神を畏れるよう定められた」とコヘレトは語る。この「神を畏れる」、或は「神を畏れ敬う」はコヘレトの中で四回言及される(3章14節c、5章6節b、7章18節c、12章13節b)。箴言の1章7節と9章10節、では「主を畏れることは知恵の初め」という教えがあり、同様に「主を畏れる」(1章29節、2章5節、3章7節、8章13節、19章23節、22章4節)が何度か反復されるが、これを支える尤も顕著な人間像が「神(主)に従う人 צַדִּיקִים צַדִּיק」*(2章20節、3章33節、4章18節、10章3節、6節、7節、11節、16節、20節、29章2節等々)である。しかし、コヘレトの「神を畏れる」は、箴言における積極的な教えに比べて控えめであるか、抑制的である。実際、箴言のエリート官僚の若者に対する教えに対抗するかのように、コヘレトは「善人がその善のゆえに滅びることもある。・・・善人すぎるな、賢すぎるな、どうして滅びてよかろう」(7章15-16節)とまで言うのである。ここには、現代風に言えば、19世紀後半にアメリカで生まれた「プラグマティズム」の実用的価値に重きを置く思想に通じるものがある。しかも、箴言のように「主を畏れることは知恵の初めである」というような知恵の捉え方はコヘレトには見られず、むしろ知恵という言葉の用法は、コヘレト自身の個人的な実験主義的探究に引き寄せられている。 *「神(主)に従う人」の原意は「正しい人」、「義人」。その対は「神に逆らう者 רְשָׁעִים רָשָׁע」で、原意は「悪しき者」、「悪人」(2章22節、3章33節、4章14節、5章22節、10章6節、7節、11節、16節、20節等々)。   8章5節b-8節、8章9節  3章1-11節で、コヘレトは「時」というものは、人間がそれを恣意的に選び取ったり、掴み取ったりすることが出来ないと語った。ここ8章5節b-8節、9節でもその趣旨の基調は変わらない。すなわち、人間は将来の出来事(災難)を予測することが出来ず(6-7節)、霊を支配することが出来ず(生死の事か 8aαβ)、死そのもを支配することも出来ず(8aγ)、戦争を免れることも出来ず(8bα)、また悪を避けることも出来ない(8bβ)と言う。しかし、「知恵も知識も狂喜であり愚かであるにすぎない」(1章17節)とまで言わしめたコヘレトであればこそ、賢者としての自覚や自負ももまた人一倍強かったであろうと思われる。であればこそ、「何事にも相応しい時 עֵת וּמִשְׁפָּט があり、賢者はその相応しい時 עֵת וּמִשְׁפָּט を知っている」と漏らすのである。実際、コヘレトには賢者に対する肯定的な発言が散見される(2章14節、7章4節a、5節a、19節、8章5節b、9章1節、17節、10章12節、12章11節)。しかし、その賢者の智恵に全的に与することが出来ないという主張こそがコヘレトの神髄でもある(8章17節)。  9章11-12節  この個所の中心である12節aで、「時と機会はだれにも望むが、人間もまたその時を知らない」と言って、その前判部分(11節)で、ある原因が必ずしもそれに相応しい結果をもたらすのではなく(足の速い者の競争、 強い者の戦い、知恵ある者の食い扶持、聡明な者の富、知識ある者の人の好意)、後半部分(12節)で、突然不運に見舞われる幾つかの出来事を挙げる(魚と網、鳥と罠、人間と不運)。 隠れたテーマとしての「神の自由」  コヘレトとヨブ記のそれぞれの読後感は(大きく?小さく?)異なるが、両者に共通した隠れたテーマとして、これまであまり取り上げられなかった「神の自由」という問題を挙げることが出来る。ヨブ記は、冒頭で「利益もないのにヨブは神を敬うでしょうか」(1章9節)と、「皮には皮を、命には全財産をもって」というサタンの強烈な問いに対応してヨブの全財産を剥奪するこから始まり、続く三人の友人との対話によってヨブの信仰を吟味する。その対話の前提には肯定的であれ否定的であれ、現世的な善悪の「因果応報」の考えが横たわる。ヨブの役割は、自身もそれから完全には免れていない因果応報の考えに、逆理的(逆説的)に、徹底して疑義(異議)を唱えることにあった。たぐいまれな義人ヨブによる神に対する反逆であればこそ、一回限りの反逆という行為が認められ、現世的な善悪の因果応報という原則が果たして遵守されるに相応しいかどうか秤にかけられるのである(吟味)。この行為は、因果応報を擁護する三人の友人によって代表される伝統的なこの世の原理・原則、言い換えると、ユダヤ教であり、イスラエル社会であり、律法(トーラー)であり、申命記であり、箴言に代表される知恵の伝統等々に対する疑義である。このヨブの疑義に対して、神の弁論は、根本的には、同意を与える。その同意を支えるのは、ヨブに対して、神の支配を究めることの出来ない人間の無知に注意を促し、人間が因果応報の考えで神を理解し、因果応報の考えで神を援用し、因果応報の考えで神を閉じこめようとすることに対し、「否」(いな!)を突き付け、制限されてはならない「神の自由」を掬い上げることであった。ヨブ記作者がヨブ記に託したこの「神の自由」というテーマは、ユダヤ教にとっても、イスラエル社会にとっても、律法、申命記、知恵の伝統にとっても非常に危険な思想であった。なぜなら、彼らもまた因果応報の原則によるそれぞれの思想を、「信仰によって」、天与のものとして理解したからである。しかし、ヨブ記作者には、その天与の思想を根本から吟味せずにはおられない彼の事情と時代の要請があったのであろう。  コヘレトにおける「空しさ」の感慨は、日常の営みにおける人間の努力(原因)が望むような結果を必ずしも生み出さず、むしろ不条理、或は不合理に満ち満ちているという、彼の経験と観察から来る。それは、自分で自分の人生を望んだように自由に生き、処理できないという現実である。人間の間に横たわる様々な不公平は(賢者・愚者の行為結果、同様に善人・悪人等々)、逆説的だが、コヘレトの目には公平と映る。その際たるものが人間誰にでも訪れる「死」である(3章18-21節、9章3-6節)。また、この公平さは、ある人間の営みがどんなに優れていようと、それ自体が永遠に残るということはなく、その多くは繰り返されるものであり、またしばしば「忘却」(4章15-16節、9章5節、15-16節)の彼方に置き去りにされてしまうからである。こういう感慨は、短い個人史であれ、民族的・国際的な歴史であれ、「時」(数量=計量的、意味)の圧倒的な力に目覚めた者でなければ生まれてこない。コヘレトにとって、「時」とは「見極められないもの」であり、選択の余地がうまく機能しない「宿命としての時」、「時を知らない時」であり、同時にそれは人間には受け入れがたいが、神によって造られた「時宜に適った時」でもある。コヘレトによれば、人間は様々な営みを行うが、神の自由な「時」の支配の中で束の間を生きる拘束された「受身」であり、そのせめても与えられた「時」を、カーピ・ディエムとメメント・モリを記憶して生きてゆくよう促すのである。 そして、「神を畏れる」ことを忘れないよう、と添える。 補完 コヘレトの成立はプトレマイオス王朝時代であるという一般論。最新年代(terminus ad quem)と想定されるのは前2世紀中葉で(J. Muilenburg、 F.M.Cross)、その理由として、クムラン洞穴で発見されたコヘレトの断片が前2世紀中葉と想定されるから。その上で、多くの学者は前270-220年頃、ないしは前3世紀中葉の成立と見る。 ヨブ記成立は捕囚後の後期で、前4世紀頃。ベン・シラ(前132年頃エジプトに来た)49章19節のヘブライ語版には「預言者ヨブは義人の道をすべて満たした」とある(エジプトのカイロにあるゲニザで発見されたもの。O.Eissfeldtの指摘、小林未確認)。

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