第3回講義 後ろから読む旧約聖書
- 小林 進
- 2013年2月8日
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第3回講義
後ろから読む旧約聖書
小林 進
(ちばのたけやぶやけたのばち)千葉の / 竹藪 / 焼けたの / 罰
もし、文字通り旧約聖書を後ろから読むとしたら、どの一巻から始めることになるのか。
新共同訳聖書の「マラキ書」か(折衷派)、ヘブライ語聖書(Msoretic Text マソラ・テキスト)の「歴代誌」か (キリスト教に対立するタカ派)、ギリシャ語聖書(Septuagint、Septuaginta)のダニエル補遺(supplement、 Supplementary アポクリファapocryphaないしは偽典pseudepigrapha)の「ベルと 竜」か(ディアスポラ派)。或 いは、ラテン語聖書(Vulgata、ヒロニムス訳)の「第二マカバイ記」か(カトリック教会派)
ヘブ聖書(マソラ・テキスト、原典?) ギリ旧聖書(ゼプツアギンタ、七十人訳) 新共同訳聖書
創世記 創世記 創世記
出エジプト記 出エジプト記 出エジプト記
レビ記 レビ記 レビ記
民数記 民数記 民数記
申命記 申命記 申命記
ヨシュア記 ヨシュア記 ヨシュア記
士師記 士師記 士師記
サムエル記上 ルツ記 ルツ記
サムエル記下 列王記1(=サム上) サムエル記上
列王記上 列王記2(=サム下) サムエル記下
列王記上 列王記3(=列王上) 列王記上
イザヤ書 列王記4(=列王下) 列王記下
エレミヤ 歴代誌1 歴代誌上
エゼキエル書 歴代誌2 歴代誌下
ホセア書 エズラ記1 エズラ記
ヨエル書 エズラ記2(エズ・ネヘ記) ネヘミヤ記
アモス書 エステル記 エステル記
オバデア書 ユディト記 ヨブ記
ヨナ書 トビト記 詩編
ミカ書 *マカバイ記1 箴言
ナホム書 マカバイ記2 コヘレトの言葉
ハバクク書 マカバイ記3 雅歌
ゼファニや書 マカバイ記4 イザヤ書
ハガイ書 *詩編(但し151編) エレミヤ書
ゼカリや書 *歌(海の歌;出エ15章1節以下) エゼキエル書
マラキ書 箴言 ダニエル書
詩編 コヘレト ホセア書
ヨブ記 雅歌 ヨエル書
箴言 ヨブ記 アモス書
ルツ記 知恵の書 オバデア書
雅歌 シラ書 ヨナ書
コヘレト *ソロモンの詩編 ミカ書
哀歌 ホセア書 ナホム書
エステル記 アモス書 ハバクク書
ダニエル書 ミカ書 ゼファニヤ書
エズラ記 ヨエル書 ハガイ書
ネヘミヤ記 オバデア書 ゼカリや書
歴代誌 ヨナ書 マラキ書
ナホム書
ハバクク書 [続編]
ゼファニヤ書 トビト記
ハガイ書 ユディト記
マラキ書 エステル記(ギ)
イザヤ書 マカバイ記1
エレミヤ書 マカバイ記2
バルク書 知恵の書
哀歌(Threni seu Lamentiones) シラ書
エレミヤの手紙 バルク書
エゼキエル書 エレミヤの手紙
スザンナ ダニエル書補遺
ダニエル書 アザルヤの祈りと
ベルと竜 三人の若者の賛歌
スザンナ
ベルと竜
エズラ記(ギ)
エズラ記(ラ)
マナセの祈り
ラテン語約聖書(ウルガタ、ヒエロニムス訳)
創世記、出エジプト記、レビ記、申命記・ヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記上下、列王記上下、歴代誌上下、*エズラ記(ネヘミヤ記を含む)、トビト記、ユディト記、エステル記、ヨブ記、詩編、箴言、コヘレト、雅歌、知恵の書(新共同訳の続編)、シラ書、イザヤ書、エレミヤ書、哀歌、バルク書(新共続編、5章までは共通するが、6章がエレミヤがバビロンの捕囚民に当てた言葉)、エゼキエル書、ダニエル書、ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデア書、ヨナ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼファニア書、ハガイ書、ゼカリヤ書、マラキ書、第一マカバイ記、第二マカバイ記、
1.若干の説明
* 『ソロモンの詩編』(Psalms of Solomon)は18の詩編から出来た紀元前一世紀中葉の作品である。もともとヘブライ語で書かれたことは明らかである。しかし、残っているのはギリシャ語とシリア語の版で、僅かの相違を除いて両者は共通している。これらの詩編はローマ史における共和制後期の時代背景を強く刻印している。それは、ポンペイオスによるエルサレム占領、彼が祭司をして神殿を清めさせた後祭儀を執行させたこと、そしてエルサレムで行ったことの報いとしての彼の死などに言及するからである。詩編17編と18編はメシアに関する長い論述からなり、人間的でありながらそれ以上の人物像をダビデのイメージを用いて示す。
* マカバイ記はイエスが活動した時代の直前の歴史的な背景を資料として提供するため、ユダヤ教側が(すなわちヘブライ語原典たるマソラ・テキストの編纂時に)あえて旧約正典の中に入れなかったとする。並木浩一・荒井章三編『旧約聖書を学ぶ人のため』17頁
* ギリシャ語の詩編は151編からなる。151編は Ουτοs ο ψαλμοs ιδιο-γραφοs ειs Δαυιδ και εξωθεν του αριθμου(「これはダビデに帰される詩編と、他の一連の人々によるものである)と題され、「海の歌」(出エ15章1節以下)、「モー セの歌」(申32章1節以下)、「ハンナの祈り」(サム上2章1節以下)、「ハバククの祈り」(ハバ3章1節以下)等々の祈りの八番目に「神の母マリアの祈り」(Προσευχη Μαρια τηs θεοτοκου」が入れられてある!!
この七十人訳のギリシャ語とルカ福音書1章46節の「マリアは言った」の後に続く彼女の歌を55節まで比較してみると、三か所のみの僅かな相違が見られるだけである。七十人訳48節μεγαλει ルカ49節μεγαλα 偉大、形容詞 名詞複数七十人訳50節γενεαν ルカ50節γενεαs 代々、名詞対格単 名詞対格複
七十人訳55節αιωνοs ルカ55節αιωνα 永遠、根石属格単 名詞対格単 最終的な編纂は紀元後まで続いたことの証言。このマリアの祈りにザカリアの歌が続いている
2. ギリシャ語訳聖書の登場
西暦紀元前四世紀、アレキサンドロス大帝の中近東席巻に伴い、それまで西アジアで商業、外交、文化の言語として支配的だったアラム語は、その位置をギリシャ語に譲らねばならなくなる(ア大王バビロンに没、前323年6月11日)。こうしたギリシャ化(Hellenization)の中で、ユダヤ人はヘブライ語を話すことは勿論、読み書きすらできなくなり、そうした事情の下で、トーラー(律法)はギリシャ語に翻訳され(後述)、ユダヤ人の正典がギリシャ語の概念によって読まれたという重大な思想的事態をわれわれは考えねばならない。それはギリシャ語旧約聖書が新約聖書のギリシャ語にまでつながっているという事態の重大性をも考慮に入れなければならない。
ギリシャ語訳聖書のうち「律法」([ヘ]トーラー 、[ギ]ノモス νομοs)の部分が翻訳された事情については『アリステアスの手紙』(The Letter of Aristeas)が残されている。この文書は紀元前2世紀後半の作で、その内容については多くの学者がフィクションであると見なすが、「律法」部分の翻訳がエジプトのアレキサンドリアでプトレマイオス・フィラデルフス(Ptolemy Philadelphus 紀元前285-246年)の治世、すなわち紀元前3世紀前半にギリシャ語に翻訳されていたであろうことは多くの者が認めるところである。この手紙によれば、フィラデルフォスの父プトレマイオス一世が建てた図書館に世界中の書物を集めるよう命じた際に、その責任者ファレルムのデメトリウス(Demetrius of Phalerum)がユダヤ人の「律法」を図書館に所蔵することを進言したところから、エルサレムに使者を派遣し、時の大祭司エレアザルがこれに応じて、12部族の中から6人ずつ、計72人をエジプトに送って72日間で完成させたと伝える。王によるこのギリシャ語訳への賞賛がなされ、その後これを祈念して毎年この完成が祝われ、アレキサンドリアのフィロの後一世紀まで続いた。しかし、後のキリスト教がこれを採用するようになると、ユダヤ人敵対を招いた。
この物語が暗に示唆するのは、紀元前3世紀には旧約聖書のうちの最初の「律法」部分がアレキサンドリアのユダヤ人共同体の中で特別の重要性を持っていたということである。ギリシャ語の専門家によれば、この翻訳ギリシャ語はアリステアスの物語の主張に反して、すなわちパレスチナから選ばれた優れた翻訳者たちによるギリシャ語ではなく、極めてエジプトのアレキサンドリアの語法(idiom)から成るのであり、ヘブライ語やアラム語を読めなくなっていたアレキサンドリアのユダヤ人が必要に迫られて翻訳したことが推測される。また、物語が「律法」の翻訳のみに言及するという事実は、「預言者」(ネビーイーム)、「諸書」(ケスビーム)が必ずしも現在のような形で結実し(編纂され)てはいなかったか、あるいはその価値が「律法」に準ずると見なされていたかのいずれか、あるいは、両方である。
紀元前3世紀のこうした状況を示唆する『アリステアスの手紙』に続く、紀元前2世紀のシラ書[集会の書](Ecclesiasticus)は、その著者の申告によれば、ユウエルゲテス二世(Euergetes II、プトレマイオス八世、前145-116年)の治世第38年(紀元前132年)にエジプトにやって来たという(序言27)。そして、すでに彼の時代に「律法と預言とその他の書」(ειs τε την του νομου και των προφητων και των αλλων πατριων βιβλιων αναγνωσιν)がギリシャ語に翻訳されていることに言及するのである(序言7-10)。つまり、おおよそ百年から百数十年の期間を経て、旧約聖書全体のギリシャ語訳が紀元前2世紀後半には少なくとも存在していたことになる。しかし、このシラ書の著者の言及はヘブライ語聖書の構成を指し示すものではあるが、ギリシャ語旧約聖書の構成の問題となると、事態はまたもやいくらか複雑になる(次項参照)。
ギリシャ語旧約聖書(セプツアジンタ、ゼプツアギンタ Septuaginta 七十人訳LXX)とヘブライ語聖書(マソラ・テキスト Masoretic Text MT)の間に見られる小さな異同(おそらくつづりの問題や誤記)は別にして、ギリシャ語旧約聖書の何巻かはそれらが対応するヘブライ語聖書と非常に大きな逸脱、相違、不一致を示す(図解参照)。その典型的な例がエレミヤ書である。マソラ・テキスト(ヘブライ語聖書)の25章14節から始まる部分は、ギリシャ語聖書ではヘブライ語聖書の49章34節以下がその場所を占めたり、ギリシャ語聖書の26章以下の部分にはヘブライ語聖書の46章2節以下がそこを占めるという具合に、ギリシャ語聖書とヘブライ語聖書との間には構成の顕著な相違がみられる。また、エレミヤ書のギリシャ語聖書とヘブライ語聖書では、後者が前者に比べて七分の一ほど本文(テキスト)が長く、冗漫、冗長の感を免れない。Janzen,J.G., Studies in the Text of Jeremiah, HSM 6 (Cambridge Mass., 1973は、ギリシャ語のテキストが、本来のも能登考える。このことが何を語るかといえば、ギリシャ語に翻訳するために底本となったヘブライ語聖書はわたし達がマソラ・テキストと呼んでいるものと異なるヘブライ語のテキストが存在したのであり、旧約聖書の原典というものが、われわれの考える以上に複雑な歴を持っているということである。
3. ギリシャ語訳聖書とヘブライ語聖書との異同
* ヘブライ語聖書(マソラ・テキスト以前のもの、マソラ・テキストそのもの、10世紀初頭アロン・ベン・モーセ・ベン・アシェルによる改定本、紀元後70年のローマによるエルサレム崩壊後、イスラエルのヤブネに集結したユダヤ教の権威筋によって現在の39巻と、ジャンル及び順序が決定された
ギリシャ語聖書(七十人訳、ゼプツアギンタ、この翻訳に関する二つのエピソード)、一つは「アリステアスの手紙」。
ラテン語訳聖書(ウルガタ、ヒエロニムスの名に帰されるもので、405年に完成)のそれぞれの構成の相違から見えてくるもの何か
* モーセ五書と続くヨシュア記、士師記はいずれの翻訳においてもその位置と順序は確固とした基盤を保持している
* ルツ記の位置、歴代誌の位置、エズラ記、ネヘ見飽き、エステル記、ヨブ記、詩編、箴言、コヘレト、雅歌の位置。ダニエル書の位置。預言者の順序。アポクリファ乃至は外典の取りこみ如何。
* この単純な事実(事象)の背後に、旧約聖書本文の伝達の歴史の複雑な事情が存在する。『アリステアスの手紙』紀元前三世紀 プトレマイオス王朝『シラ書』の序文 父イエスースの研究 律法(トラー)・預言(ネビイーム)・諸書(ケスビーム)の構成順番
* 申命記4章2節の「あなたたちは、わたしが命じる言葉に、何一つ加えることも、減らすこともしてはならない」。同じことは、「アリステアスの手紙」の中で、翻訳が完成した暁に、祭司たち、翻訳に従事した長老たち、そしてアレキサンドリアのユダヤ人コミュニティーの代表者が「いかなる小さな変更も加えてはならない」と宣言したことと符合する。
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